1991年に新日本プロレスでデビュー。2002年2月、武藤敬司らと共に全日本プロレスへ移籍。2005年には史上初の三冠&IWGPダブル戴冠を果たした。2007年はVMとして活動していたが、翌年8月に離脱。その後、KAI&大和ヒロシとF4を結成した。盟友・天山広吉とのテンコジでは新日本の『G1タッグ』、全日本の『最強タッグ』の2大タッグリーグ戦で連続優勝の快挙を達成。2009年7月にはノアの小橋建太にラブコールを贈り、8・30両国大会において6人タッグで初対決を行った。
全日本プロレスの春の祭典「チャンピオン・カーニバル」開幕戦、前年度覇者の諏訪魔選手と対戦、オフに最大の武器である右腕を強化していた小島は、起死回生の豪腕ラリアットをドンピシャリのタイミングで発射。最初こそカウント1で返されたものの、続けざまに振りぬいた右腕が喉元をえぐって逆転勝利。開幕戦白星を飾った。